セクハラより多い”マタハラ”~少子化解消を阻む

「この2年間のことです。私の周囲で二人の女性が、流産、死産の経験をしてしまいました」

 

東京都内のIT系企業で働く女性はそう明かす。2人とも、妊娠中も激務をこなしていたという。

 

働く女性の流産、死産の背景には、”マタハラ”がある。

 

セクハラならぬ、”マタハラ”という言葉をご存知だろうか。マタニティ・ハラスメントの略である。働く女性が妊娠・出産にあたって職場で受ける精神的・肉体的な嫌がらせ、いじめを意味する。実はマタハラの被害はかなり多い。

 

「海外出張の最終日、腹部に激痛が走った。出血も止まっていない。手でお腹を押さえながら、ホテルに戻ってトイレに駆け込むと、血の塊がぽとっと落ちた」

 

ジャーナリストの小林美希さんの著作『ルポ職場流産 雇用崩壊後の妊娠・出産・育児』(岩波書店)には、マタハラが原因で、あるいはマタハラをはねのけようとして、働く女性が職場や出張先などで流産を経験してしまった凄惨な事例がいくつも紹介されている。

 

連合(日本労働組合総連合会)が2013年5月におこなった「マタニティ・ハラスメント(マタハラ)に関する意識調査」の結果は衝撃的だ。

 

職場でマタハラをされた経験があるかという問いに対して、74.4%は「ない」と答えた。つまり、25.6%がマタハラを経験していて、これは連合が12年に行った調査での「セクハラされた経験」(17.0%)を大きく上回る。

 

世間では広く認知されているセクハラよりも、マタハラの被害者のほうが割合が高いのである。調査の母集団も時期も異なるが、マタハラ経験者が少数派とは言えないことは確かだ。

 

連合の調査では、妊娠経験者316人のうち9.5%が「妊娠中や産休明けなどに、心無い言葉を言われた」と答え、他にも「妊娠・出産がきっかけで、解雇や契約打切り、自主退職への誘導等をされた」(7.6%)、「妊娠を相談できる職場文化がなかった」(7.0%)、「妊娠中・産休明けなどに、残業や重労働などを強いられた」(4.7%)という回答が続く。

 

さらに、厚生労働省によれば妊娠・出産などを理由とした解雇などの不利益な取り扱いを受けたという労働局への相談件数は、2004年度には875件だったが、2011年度には3429件に増えている。

 

1986年に男女雇用機会均等法が施行され、99年の労働基準法の改正で、女性にかかっていた時間外・休日労働・深夜業についての規制は撤廃された。女性の働く場は、かつてに比べ飛躍的に増えたのだ。

 

それにもかかわらず、周囲の意識は変わっていない。それが、マタハラが横行してしまう大きな原因の一つである。

 

マタハラの相談にのっている、中野麻美弁護士は「相談に来る女性が働いているのは中小企業だけでなく、大企業でも多い。業種もさまざま」と明かす。

 

職場の男性、女性による「なぜ、あなたの仕事をカバーしなければならないのか」「妊娠したんだ。じゃあ、辞めるよね?」。

 

こうした言葉は妊婦を傷つけるだけではない。

 

「権利を主張すれば職場で疎まれてしまう」

 

「妊娠のせいで自分の評価が下がるかもしれない」

 

「評価が下がれば出産し会社に復帰した後に別の職場に配置転換されてしまうかもしれない」

 

「妊娠が理由で退社には追い込まれたくない」

 

そんな不安から、多くの女性が無理をしてしまう。なにしろ、働く女性が第一子を妊娠した場合、6割が退職している。自分のキャリアを終わらせたくない、あるいは、生活費のために働く必要があるという女性は、なんとか残り4割に踏みとどまろうとし、激務を続けることになる。

 

悪阻(つわり)がひどく電車に乗るのも精一杯な女性も、「今日も遅刻するんだ……」と上司に言われれば、吐き気を我慢して出社してしまうのだ。

 

先に紹介した労働問題を専門としているジャーナリストの小林さんがマタハラの問題に取り組むきっかけとなったのは、近年、若者の労働問題を取材するなかで、「妊娠異常が目立って増えてきたことに気づいた」からだという。

 

調べてみると、看護師、介護士など体を酷使する職場では女性の看護師の3人に1人が切迫流産(流産になりかけている症状)を経験していることを知る。さらに各種の調査で働く女性に危険が多いこともわかった。

 

例えば、厚労省の委託事業として女性労働協会が95年に行った「働く女性の身体と心を考える委員会報告」では、切迫流産は主婦では7%だが仕事をしている女性では14%に上った。他にも同種の調査結果があった(ただし、小林さんはこの種の調査があまりに少ないことも問題視している)。

 

「流産は胎児の染色体の異常と判断されることが多いが、やはり働き方と妊娠異常は関係あるのではないか」(小林さん)

 

ちなみに、男女雇用機会均等法では、妊婦の権利は保護されている。妊娠・出産を理由にした解雇は無効であるということにもなっている。さらに、冒頭で、99年の労働基準法の改正で、女性にかかっていた時間外・休日労働・深夜業についての規制は撤廃されたと紹介したが、改正後も妊婦へのこれらの労働は規制されている。

 

しかし、女性自身も各種の法律による保護を知らない。連合の調査では約半数が法律で守られていることを知らないと答えている。周囲の男性の認知はさらに低いと想像される。

 

また、解雇などを除き、仮にマタハラで嫌な思いをしたり、あるいは過酷な労働の結果、流産してしまっても、現状では法律を根拠に救済することは難しい。

 

中野弁護士によれば、「解雇や配置換えなどの法的行為が発生すれば別だが、言葉による嫌がらせなどに対しては支援が難しいこともある」と明かす。確かに何をもってマタハラとするのか、明文の規定がない以上、判断は難しい。

 

さらに、「なぜ死産、流産したのか。それは職場のせいなのかを証明するのは難しい。例えば流産してしまった胎児を自分で保存しておいて染色体異常ではないと明らかにでもしない限り、科学的な根拠は少ない。ほとんどの場合、悲しみと混乱でそんなことはできない」と、ジャーナリストの小林さんは言う。

 

安倍晋三首相は3年間の育児休業を提言し、保育園の待機児童問題の解消を目指すとしている。しかし、制度という器を作っても、周囲の理解がなくマタハラが横行すれば、少子化対策は思うように進まない可能性もある。

 

マタハラは働く妊婦に被害を及ぼすだけではない。その状況を見た同じ職場にいる女性が「出産・子育てはしにくい」と感じてしまえば、結婚、妊娠を控えるという周囲の女性の萎縮も招く。

 

忙しい中、妊婦の仕事を負担することで、負担が増えることに納得がいかないという人もいるだろう。しかし、「技能を身につけた女性が6割もやめるというのは、社会にとって損失だ」(中野弁護士)。さらに働く女性が子供を産みやすくすることは、少子化対策として少なからず効能があるだろうから、経済発展、あるいは社会を維持するための先行投資と考えればいい。

 

まずは、最低限のこととして、妊娠・出産した社員を保護することは法律で規定されていることを女性自身と周囲が理解する必要がある。その上で、言葉や態度によるハラスメントにも気を遣うということが求められる。

 

セクハラという言葉もかつては存在しなかった。しかし、今では浸透し男性は気を遣うようになった。マタハラも同様に普及することで、制度や法律という器に魂が入ることになると言えよう。

 

少子化対策を進める一つの答えは、働く人、一人一人の意識の改革にあるのだ。

ダイヤモンド・オンライン


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