人間の内面を知る企業が勝ち上がる時代
世界称賛企業の顔ぶれにみる新しい時代の到来
ヘイグループとフォーチュンが共同で調査した「世界称賛企業」ランキングを見ていると、時代の大きな転換期に差しかかっていることが分かる。
2013年の調査では、前年に続いて、アップル、グーグル、アマゾンがトップ3を独占した。その一方で、GE、P&G、J&J、3Mなど、かつて「世界称賛企業」のトップ10の常連だった企業が10位以下に沈んでいる。
この上位3社は、いずれもインターネットを核とした情報革命の波に乗っている企業だ。18世紀後半から19世紀にかけて英国で起こった産業革命のビッグ・ウエイブが終わりに近づくとともに、情報革命という新しいビッグ・ウエイブが社会的変革を引き起こし始めたことを象徴しているといえよう。
産業革命はエンジンという新しい動力源を創出し、鉄道・自動車・航空機などの輸送手段、産業機械やプラントなどの生産手段を多数生み出した。これによって大量生産・大量輸送が可能になり、農村に分散して生活していた人々は都市部に集まり、マスプロ製品を生産・消費しながら生活するように社会自体が大きく変わっていった。そこから、大規模な生産設備を持つ大企業が生まれ、経済の中心を占めるようになっていった。
いま起こっている情報革命は、情報が瞬時にどこにでも伝わる社会を生み出した。それによって動画や音楽、ゲームなどのコンテンツを誰もが流通させられるようになったり、オープンイノベーションによるソフトウェアの開発や百科事典づくりが可能になった。大規模な生産手段ではなく、価値ある情報を生み出す個人が経済の主役になりつつある。
こうした個人は、もはや家にいながらにして、あるいは世界中を旅しながらでも仕事ができるようになった。いや、仕事どころではなく、一個人が革命までも起こせる時代になったのだ。トップ3にランクインした企業は、個人と個人がつながり、価値ある情報が生まれる「場」を提供するという点で、いずれもこうした社会的変化を先取りしているといえよう。
産業革命は個人から大企業へのパワーシフトを起こしたが、ここから先はその逆のことが起こるだろう。主役は企業ではなく、価値ある情報を生み出す個人になっていくのだ。トップ3がいずれもオーナー企業であることがそれを象徴している。これからは価値あるアイデアを出した個人の回りに、顧客やパートナー、経営資源が集まる。そして、アイデアが出なくなれば、人もお金も別の個人を求めて移動するようになっていくだろう。その流れからは、GE、P&G、J&Jのようなリーディング・カンパニーですら逃れられないことを意味している。
自然科学のサムソンと人文科学のアップル
産業革命の波に乗って成長してきた企業は、自然科学の原理を応用して製品をつくってきたといえよう。電気・電子・機械・化学などの領域における発見が、価値の源泉になってきたのだ。しかし、アップル、グーグル、アマゾンは、こうした原理とは異なるところで価値を出している。
アップルはアーリーアダプターを引き付ける洗練されたデザインや、iPhoneのユーザ・インターフェースに代表されるような感性に訴える部分で、ユーザーのハートをつかんでいる。iPhoneが登場したころ、それを買った多くの人たちが、嬉々としてタッチパネルを操作していたのがいまでも印象に残っている。つまり、アップルが応用しているのは自然科学ではなく、人文科学の領域の知見なのだ。そして、そのビジネスモデルの中心には、生産手段ではなく、人がいる。これが、同じような製品をつくっていながら、アップルとサムスンが大きく違うところだろう。
サムスンはまだ自然科学の領域で勝負しているのに対して、アップルはもはやそこでは勝負をしていない。人の感性に訴える力で勝負している。これがアップルが1位でサムスンが35位の理由だろう。ただし、サムスンの名誉のために言っておくと、サムスンの地域専門家は、新興国で6ヵ月以上生活し、現地の人々の生活習慣を理解した上で、現地仕様の製品開発に貢献している。こうした文化人類学的なアプローチは、サムスンが新興国市場でトップシェアを取ることに間違いなく寄与しており、サムスンも人文科学の領域における知見を積み上げてきているといえる。
同じことはアマゾンにも当てはまる。「この本を買った人は、他にこんな本も買っています」的な機能、カスタマーレビュー、1クリック購入など、アマゾンを魅力的にしている要素は、全て人間の感性に関する卓越した知見がベースになっている。それが、人が集まる場をつくることを可能にしている。
それでは、グーグルはどうなのだろうか。グーグルの強みは検索エンジンである。この検索エンジンとは、脳の機能を再現したものである。脳には、自分が経験したことにタグをつけて記憶しておく機能がある。そして、外部から刺激を受けた時、瞬時にそれと関係するタグをもった概念をサーチするのだ。そして、そこで引っかかってきた概念をすり合わせて、「以前にもこういうことがあった」「このままいくとリスクがありそうだ」といった形で、周囲で起こっていることを解釈する。グーグルで検索した時、欲しい情報が引っかかってきて、喜びを感じる時があるが、それはグーグルの検索エンジンが我々の脳のメカニズムに合わせてチューニングされていることを意味する。
コカ・コーラ、スターバックス……体が求める商品をつくる企業
世界称賛企業のトップ10には、コカ・コーラ、スターバックス、ディズニーもランクインしているが、これらの企業も、人文科学の領域で勝負しているといえるだろう。これだけ多くの商品が溢れ、あっという間にコンビニの棚から消えていく一方で、なぜ我々はコカ・コーラやスターバックスのコーヒーを飽きもせずに、毎日のように飲み続けられるのだろうか。
それは、体が求めるからである。のどが渇いた時にコカ・コーラを飲めば爽快な気分になる。朝スターバックスのコーヒーを飲むと、一日分の元気が湧いてくる。これは多くの人にとって共通する特徴であり、バファリンを飲むと頭痛が治るのに似て再現性がある。人間の体内では複雑な化学反応が起こっているが、そのバランスが崩れると病気になる。
薬とは、ある種の化学反応を人為的に起こすことで、崩れたバランスを正常に戻すようにできている。つまり、人間に固有の内的メカニズムに合った商品をつくることで、人間にとって好ましい化学反応を引き出すことができるのだ。バファリンを飲めば頭痛が消えるのと同じように、コカ・コーラを飲めば爽快感を感じ、ポカリスエットを飲めば渇きが止まる。これは、人間が人間である限り、容易には変わらない。飽きない商品とは体が求める商品なのだ。
のどが渇いた時にコンビニや自販機を見かけると、我々の脳は無意識のうちに検索を始める。そして、コカ・コーラやポカリスエットが検索に引っかかってくる。我々は、半ば無意識のうちにこれらの商品に手を伸ばす。体が求める商品とは、こういう商品をいう。これに対して、CMでいくら魅力的なメッセージを流して「頭」に訴えてみても、効果は乏しい。最初の一回はお試しで買ってもらえるかもしれないが、内的メカニズムに合わない商品は、すぐに検索に引っかからなくなる。
アップル、グーグル、アマゾン、コカ・コーラ、スターバックス、ディズニーなど、「くせになる商品」をつくる企業は、人間に固有の内的メカニズムをよく理解しているといえる。こうした企業が世界称賛企業のトップ10の過半数を占めるという事実が、産業革命から情報革命へ、自然科学から人文科学への時代の転換が進んでいることの表れだろう。
情報革命の行方を予見できた企業が勝ち上がる
情報革命の進展は、「世界称賛企業」の業界別ランキングにも表れている。ネットワーク機器部門ではかつて一世を風靡したエリクソン、ノキアが後退し、クアルコムがトップにランクインしている。クアルコムはサンディエゴに本拠地を置くCDMA方式の携帯電話システムを開発する企業である。この方式は通信量の爆発的な増加に対応できる強みを持っている。
情報革命は文字や音声の流通から、画像や動画の流通へとシフトしてきている。スマートフォンやiPadの台頭がそれを加速している。文字や音声の情報量に比べれば、動画の情報量は飛躍的に多くなる。こうした時代の幕開けを予測し、クアルコムはCDMAの普及に取り組んできた。情報革命の流れを読んだ企業がトップに立つ現象はここにも表れている。
また、ソフトウェア部門では、セールスフォース・ドットコムがトップに立ち、マイクロソフトは6位に後退している。瞬時に大量の情報が伝達する時代においては、ソフトウェアを買ってきてパソコンにインストールしておく必要はなくなっていく。どこか遠くの地にあるデータセンターにサーバーを置き、その中にインストールされているソフトウェアを遠隔操作できるようになるからだ。これがいま流行りのクラウドサービスだ。セールスフォース・ドットコムはクラウドサービスの代表的企業であり、やはり情報革命を先取りした企業といえるだろう。
ちなみに、5位にはテラデータが顔を出している。この企業はビッグデータと呼ばれる大規模データ解析ソフトを供給する企業だ。ビッグデータは、顧客の購買行動をリアルタイムで分析し、顧客属性やTPOに応じた売れ筋商品を発掘するなどに使われている。コンビニやカルチャー・コンビニエンス・クラブなどがすでに活用しており、ローソンでは、来店頻度の高い顧客が「エッグ・タルトパイ」を好んで買う傾向があることまで分かっている。
これも人文科学の領域における知見を引き出す道具といえよう。こうした企業がマイクロソフトよりも上にランクインしていること自体が、時代の転換期であることを表しているといえよう。