グローバル企業で働くことは本当に幸せか?
これからは、グローバル人材にならなければ生き残っていけない――。就活中の若者たちの間にこうした価値観が広がるなか、積極的な海外展開を行なうグローバル企業の就職人気は、相変わらず高い。しかし足もとでは、小売業、外食業などにおいて、社員が過酷な労働条件に陥っているグローバル企業の経営に異議を唱える風潮が、メディアで盛り上がっている。その批判は一面の真実ではあるが、グローバル企業で働くことは本来、厳しいもの。問題視すべきは、はじめから社員を使い捨てる目的で「グローバル」を吹聴し、人集めをする企業も増えていることだろう。一部の悪徳グローバル企業に引っかからないために、就職活動中の若者はどんな意識を持つべきか。また、そもそもグローバル企業で働くことに、どんな覚悟を持つべきだろうか。(取材・文/宮崎智之、協力/プレスラボ)
学生の中に広がる「グローバル意識」国内市場だけではサバイバルできない?
グローバル展開する企業が増えている昨今、日本国内の人口減による市場縮小などを背景に、グローバル化の要請はより一層強まりつつある。その意識は企業を選ぶ側の学生にも浸透している。
人事総合ソリューション企業のレジェンダ・コーポレーションが2012年4月入社の大学生・大学院生に対して行った調査では、約8割の学生が「将来、グローバル人材になりたい」と回答した。
また、同社による別の調査(対象は2013年4月入社の新卒学生)によると、「日本市場が縮小していて国際的に活躍できる人材が求められているから」(男性/理系/院)や「将来海外で仕事をしたいと考えているため、海外で外国人とのビジネス感覚を養いたいから」(男性/文系/大学)などを理由にして、36.6%の学生が海外での新入社員研修を希望しており、そのうちの7割が「海外赴任を命じられたら積極的に受け入れる」という結果が出た。
一般的に、日本の若者は「内向き志向」と言われているが、今後の経済状況やキャリア形成を考えれば、「積極的に海外に打って出たい」と思っている若者も多いということだろう。今後、数十年間、ビジネスの第一線で働くことを考えると、国内市場に目を向けているだけではサバイバルできないという危機感の表れなのかもしれない。
ある大学生はこう語る。
「大学でも『これからはグローバル人材にならなければ生き残っていけない』と学内セミナーで叫ばれていました。就職難ということもあり、周囲でTOEICの勉強をしたり、短期留学をしたりする学生は多いです」
そんな若者に狙いを定めているのか、採用段階で「グローバル企業」を標榜する企業が増え、学生の人気も上々だという。だが一方で、そうした企業のなかには、社員を想像以上に過酷な労働条件下で働かせているところも少なくないようだ。
なかには、うつ病社員が続出し、若手社員の離職率が異常に高いという、前近代的な課題を抱えるケースもあるという。
足もとでは、主に小売業、外食業などにおいて、社員に低賃金での長時間労働を課しているグローバル企業の経営方針に異議を唱える風潮が、メディアで盛り上がっている。名前を挙げられる有名企業のなかには、事業構造に課題を抱えており、故意にではないかもしれないにせよ、結果として社員にしわ寄せが行っているケースが多いように思われる。
さらに問題視すべきは、はじめから社員を使い捨てる目的で「グローバル」を吹聴し、人集めをする企業も増えていることだ。「期待に胸を膨らませて入社してみたら、イメージと全然違った」と嘆かないためにも、就活時の綿密な企業分析は必要だ。
今回は、そうした一部の悪徳グローバル企業に引っかからないために、就職活動中の若者はどんな意識を持つべきか、また、そもそもグローバル企業で働くことに、どんな覚悟を持つべきなのかを考えてみたい。
海外赴任をさせず、長時間労働で選別 若者を食いつぶす「悪徳グローバル企業」
本当の意味での「グローバルで活躍できる人材」がどういう人かはさておき、若者がそうしたビジネスマン像を目指して努力することは、日本経済を活性化させる上でも、好ましいことである。しかし、いざ憧れのグローバル企業に就職したとしても、思い描いていた実態とかけ離れた業務を強いられるケースもある。
年間数百件の労働相談を受けるというNPO法人POSSEの代表で、『ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪』(文春新書)の著者である今野晴貴氏に、悪徳グローバル企業の見分け方を聞いてみよう。今野氏は、グローバル企業について「英語を使ってカッコいいだとか、大々的にグローバル化を謳っているなどのイメージに振り回されては危ない」と警鐘を鳴らす。
「国内で社員に長時間のサービス残業を強いて、体を壊すまで酷使させて得た利益をもとに、海外進出を狙う企業もあります。日本の人材を食いつぶして国内の経済に還元しない企業は、日本を海外進出するための『発射台』としか思っていません。若者は、華々しい企業イメージだけで判断するのではなく、その企業がどういう体質なのか見極める必要があるでしょう」(今野氏)
低賃金、長時間労働が常態化し、人材を使い捨てにする企業と言えば、まず「ブラック企業」が思い起こされる。「先進的で合理的」という、ブラックなイメージとはほど遠いグローバル企業のなかにも、それに近い体質を持つ企業はある。
今野氏によると、「グローバル企業と謳っていても、すぐには海外赴任をさせず、国内での過酷な労働によってふるいにかけるため、その過程で多くの社員が退職するケースもある」という。体育会系のマニュアル主義を徹底させ、過剰な競争によって従業員を酷使しているのである。
うつ病になっても辞められない?「労災隠し」を行う企業の言い分
あるグローバル企業では、「プレッシャーによって若手社員の間でうつ病患者が増え、診断書を持っていっても労災隠しのため『一度休職して、治ってからでないと辞めてはいけない』と言われることもある」(今野氏)
こうした、意図的に人材を使い捨てようという企業がある可能性には、留意しておいた方がいい。
また、ブラック企業かそうでないかにかかわらず、グローバル企業の現状は甘くない。前出した学生の声からもわかるとおり、グローバル人材に必要な要素として「語学力」を第一に思い浮かべる人も多いと思う。しかしそれに加えて、実際に海外に赴任し、ライフスタイルが変化しても耐え得るだけの「順応能力」が求められることも忘れてはならない。
「海外展開する商社に二世の帰国子女や外交官の子どもが多いのは、そのためでしょう。外国語を喋れるだけではなく、海外生活にどれだけ違和感を覚えず順応できるかどうかも非常に重要です。その部分でミスマッチを起こしてしまう若者も多い」(今野氏)
さらに、会社の体質云々とは関係なく、そもそも海外赴任には危険が付きまとうことも忘れてはならない。日揮の社員が巻き込まれ、10人の犠牲者を出してしまったアルジェリアの人質事件は記憶に新しい。
特に海外に工場を持つ製造業では、今後、現地従業員によるストライキなどのトラブルに巻き込まれる可能性も増えるかもしれない。すでに、インドのスズキ、ベトナムのキヤノンなどでストライキが起きている。
2012年1月に在中国日本大使館経済部がまとめた『中国の日系企業におけるストライキの発生状況』(回答総数180件)についての調査結果によると、2010年は13社、2011年は6社が「自社でストライキが発生した」と回答した。
なかには、「日本企業が外からきて安い賃金でこき使っている」「日本人社員との給料と比べて格差がある」「資源を奪っている」などと感じる現地従業員もいるかもしれない。
文化や商環境が違うなかで、現地との軋轢の最前線に立つ。政情や治安が不安定な国に赴任する際は、休日の行動も制限せざるを得ない場合もあるだろう。そんな覚悟がなければ、勤まらない仕事もあるということだ。
「ブラック企業」と思われないために企業がグローバル人材を活用する方法
それでは、グローバル人材を採用する企業の側には、「ブラック企業だ」と思われないために、どんな配慮が必要なのだろうか。今野氏は「厳しい現実や入社後の海外赴任の可能性などを、採用段階でしっかり明示することが重要」と話す。
「しっかりした企業なら、そういった説明はしているはずですが、一部のブラック企業で『グローバル』を標榜している会社は、それを隠している。『グローバル』という甘い言葉を隠れ蓑にして若者に夢を見させ、人材を食いつぶしている会社がある状況に対して、まともな会社はもっと異を唱えるべきです」(今野氏)
そもそも、「グローバル企業」を標榜しなくても、日本の多くの企業はすでにグローバル展開している。グローバルに対応できる語学力があり、海外のライフスタイルに耐えられる人材は希少価値があるため、喉から手が出るほど欲しいはずだ。
そういった人材がブラック企業によって潰されているとしたら、日本経済にとって由々しき事態である。今野氏は、貴重な人材をつぶさず、適材適所の配置を行うため、能力がある学生を対象に「グローバル枠採用」をもっと増やす必要があると指摘する。
「企業はグローバル人材の枠をつくって採用し、アピールしていけば良いと思います。そうすれば、『グローバル』の名のもとに若者を大量採用して、選抜した社員以外は退職に追い込んでいくような、一部の悪質なグローバル企業に人材を食いつぶされることはないでしょう」(今野氏)
もう一度問い直してみたい、グローバル企業で働くことは幸せか?
現在、自民党の雇用問題調査会は、ブラック企業の名前を公表することを検討しているという。線引きをどこにするかなどの問題も指摘されているが、悪質な企業を撲滅する一歩になることは間違いない。
これから就職や転職を考える人は、その企業が謳う「グローバル」が本当に中身のあるものなのかどうか、企業PRのHPやパンフレットを読むだけでなく、インターネット上の口コミ情報を調べたり、先輩に内部事情をヒアリングするなどして、よくよく見極めてから採用試験を受けることをお勧めしたい。
もう1つ心得たいのは、就職を考える人たち自身も、グローバル企業で働くことへの「覚悟」を持つことである。かつてない苦境に立たされている家電各社を見てもわかる通り、日本企業が熾烈なグローバル競争で生き残るのは並大抵のことではない。すさまじい企業努力が必要となり、当然、社員にも業務効率の向上、コストの合理化、スキルアップが厳しく求められることになる。
そうしたグローバル企業の本質を見ずして、就職してから厳しい労働環境に不満を抱き、頭ごなしに「ブラック企業だ」と批判する人がいるとしたら、それは本末転倒と言わざるを得ないだろう。
グローバル企業で働くことは本当に幸せなのか――。まずはそのことから問い直してみる必要があるかもしれない。