上司が楽できる「超・権限委譲」マニュアル
常に「忙しい」「自分だけが働いている」が口癖の管理職は多い。しかし、そんな働き方が部下の仕事や成長機会を奪っていないだろうか。自分自身のためにもぜひ、脱・プレイングマネジャー術を身につけよう。
あなたが休んでも仕事はきちんと進むだろうか?
仕事で多忙を極めているとき、状況を変える方法はないように思えることがある。だが、方法はちゃんとある。権限を委譲すればよいのだ。部下に責任を持たせるのは大切なことで、それによりマネジャーは忙しさを軽減できるし、部下は新しいスキルを開発することができる。では、あなたはなぜそうしていないのだろう。
「リーダーの最も重要な仕事は、自分が会社を休んでも仕事がとどこおりなく進むよう、部下に正しい考え方、正しい問いの立て方を教えることだ」と、ジェフリー・フェファーは言う。フェファーはスタンフォード大学経営大学院の組織行動学教授で、『What Were They Thinking? : Unconventional Wisdom About Management』の著者でもある。権限を委譲することはマネジャーにも、部下にも、組織にも利益をもたらす。
にもかかわらず、権限委譲は依然として活用や開発の度合いが最も低いマネジメント能力の一つである。時間管理に関する2007年のある調査で、調査対象となった332社の半数近くが社員の権限委譲能力に不安を抱いていることが明らかになった。それなのに、それに関する訓練を行っていたのは、それらの企業のわずか28%だった。
「ほとんどのマネジャーが忙しすぎて権限委譲などできないと言うだろう。自分でやったほうが効率的だと」。こう語るのは、若手リーダーの能力開発を専門にしているコンサルティング会社、プリペアード・トゥ・ラーンの社長、キャロル・ウォーカーだ。だが、その言い訳はもう捨てるべきだと、ウォーカーとフェファーは口をそろえて言う。
まわりからの「警報」を見逃すな
マネジャーは自分が不必要に仕事を抱え込んでいることを認識していないかもしれない。だが、それを知らせる警報がある。「典型的な警報は、マネジャーが長時間働き、自分は職場に不可欠だと感じている一方で、部下たちはあまりやる気がなく、いつも定時に退社している状況だ」と、ウォーカーは言う。
マネジャーが部下たちは仕事に主体的に取り組まず、仕事のことを気にかけているのは自分だけだと感じている場合も要注意だ。部下が「これをお手伝いできてうれしいです」というような言い方をしたら、それはマネジャーが仕事を全部片づけていて、部下に権限を持たせていないしるしかもしれない。
完全主義者で、なにもかも自分でやるほうが楽だとか、自分のほうが部下よりうまくやれるなどと思っているマネジャーもいる。フェファーはこれを「自己高揚バイアス」と呼んでいる。部下に仕事を任せたら自分の重要性が減じると思っているマネジャーもいるし、自分に自信がなく、部下に見下されるのを恐れているマネジャーもいる。どれほど正確な自己認識を持っているマネジャーでも、自分はこうした偏見とは無縁だと思い込んではならないと、フェファーはアドバイスする。そんな思い込みを排し、偏見を修正するために何をすればよいか、先手を打って考えることが大切だ。ウォーカーは、偏った見方を捨てるのは極めて難しい場合があり、組織の文化がそれを助長することも多いと指摘する。
「みんなから頼りにされるエキスパートという立場を捨てるには、このうえなく健全な環境においてさえ、途方もなく大きな自信と大局観が必要だ」と、彼女は言う。「普通の会社ではなおさら難しい。普通の会社では、よいマネジャーであることは望ましいこととされるが、本当に高く評価されるのは、中核的成果を生み出すことだからだ」。だが、なにもかも自分でやることはできないと認めることは、権限委譲の重要な第一歩である。
権限委譲を妨げている要因を認識したら、当然踏み出すべき次の一歩は自分の行動を変えることだ。だが、現実にはほとんどのマネジャーが、何をどう変えればよいかわかっていない。
そこで、自分が何をしたかを日記につけてみることを彼は勧める。1週間もすればパターンが見えてくるだろう。「部下に任せられる付加価値の低い仕事のために多くの時間を費やしていることに、おそらく気づくはずだ」と、フェファーは言う。
過去に痛い目にあったために権限委譲を恐れているマネジャーもいる。仕事を任せるときは、必要なスキルを持っていて、その仕事をきちんとやり終える意欲のある人を選ぶことが大切だ。チームのすべてのメンバーになんらかの形の仕事を任せることができればしめたもの。組織の階層のできるだけ低いレベルの人々にまで権限を委譲できれば、マネジャーは時間的余裕ができ、すべてのメンバーの成長を手助けすることができる。
すでに手掛けている仕事と一体化させる
権限委譲は自分がすでにやっている仕事と別のものであってはならない。部下の能力開発計画を作成するプロセスに権限委譲を組み入れよう。部下が必要なスキルを構築できるよう、どんな仕事を任せればよいかを本人と相談しよう。
「それを部下の成果目標の一部として文書化し、その達成にマネジャーと部下本人が互いにどのように責任を負うかを話し合おう」と、ウォーカーは言う。それからそれぞれの部下の能力開発計画を一枚の紙にまとめ、どこか目につく場所に貼っておこう。
「これは仕事のなかで権限委譲の機会が出てきたとき、マネジャーの思考を刺激する助けになるはずだ。また、任された仕事が自分の能力開発計画とどのようにかみ合っているかを部下が明確に理解しているので、部下はその仕事を歓迎するだろう」と、ウォーカーは言う。
不十分な点を指摘してくれと部下に頼もう
任せるべき仕事を任せていないときは指摘してほしいと部下に伝えよう。上司にフィードバックを与えるのは簡単なことではないのだから、自分はこの種の指摘を期待しており、素直に聞き入れるということを、部下にはっきり理解させよう。また、自分の成長は自分の責任であり、自分が引き受けたい仕事があるときは、それをやらせてくれと要求するべきだということを、部下に認識させよう。
権限を委譲したあとは、マネジャーの仕事は指図することではなく、部下を見守り、支援することだ。「必要なのは彼らの代わりに決定を下すことではない。彼らの批判的思考力を開発して、それぞれの状況によりうまく対処できるようにすることだ」と、フェファーは言う。部下に自由裁量の余地を与えよう。
「部下に学習してほしいと思うなら、ミスを許容し、それを正す方法を自分で見つけられるようにする必要がある」と、フェファーは言う。細かく指示を出したのでは、権限委譲の目的がすっかり損なわれてしまう。
だが、放任しすぎないよう気をつけることも大切だ。「細かく指示してはならないが、部下の仕事ぶりや進歩を評価できる態勢はとっていなければならない」と、ウォーカーは言う。部下に任せた仕事から完全に手を引いてはならない。引き続き関わりながら、主導権は部下に持たせよう。
より積極的に権限を委譲するようになったら、結果に関心を払い、自分のミスから学ぼう。自分のやり方をどのように微調整できるかを考えよう。部下にもっと複雑な仕事を任せられるか、より自由を与えるべきか、進捗状況をもっと細かく観察する必要があるか……といった点を検討するのである。練習期間中は自分のミスに寛容になろう。
「『自分が一番よく知っているのだから、なにもかも自分でやる』という考え方から、『部下に学ばせる』という考え方に移行している最中なのだから、焦ってはならない」と、フェファーは言う。時間がかかるかもしれないが、得るものは大きいはずだ。